ガイアナの国旗は黄金の鏃と呼ばれダイナミズムを象徴

ガイアナとは正式にはガイアナ共和国と言い、南アメリカ大陸の北部に位置し、国の北端部がカリブ海に面している国家です。

文化的にはラテンアメリカよりもカリブ海諸国に近く、英語が公用語となっている南米で唯一の国です。スリナムとベネズエラに挟まれ、南はブラジルに接しています。

南米では3番目に国土の小さな国で、西隣のベネズエラとは19世紀のイギリス領時代から領土問題を抱えています。

ガイアナの国旗は1966年に制定されたもので、旗章学者ホイットニー・スミスによってデザインされました。

緑の地に縦幅一杯を底辺とした白い縁付きの黄色い三角形が横幅一杯、及び黒い縁付きの赤い三角形がその半分の長さに伸びています。

「黄金の鏃(金鏃旗)」とも呼ばれ、緑は農業と豊かな森林、白は川と水資源、黄色は鉱物資源、黒は忍耐、赤は国家建設の熱情とダイナミズムを象徴しています。

国名は現地の言葉で、豊かな水の地を意味しています。植民地時代はギアナと呼ばれましたが、ガイアナはこの英語読みです。

ヨーロッパ人の来航以前はアラワク人、カリブ人、ワラオ人などが居住し、マニオクの栽培や漁労、狩猟生活をしていました。1498年にクリストファー・コロンブス、1499年にはアメリゴ・ヴェスプッチ等が来航しました。その後、この地が黄金郷であるとの伝説がヨーロッパ人の間に広まり、16世紀にはイギリス人が活動しようとして失敗、1621年にオランダ西インド会社の管轄下に入りました。

1814年からはイギリスの植民地となり「イギリス領ギアナ」となりました。1834年に奴隷制度が廃止され、砂糖工場の労働力として、インド人が導入され、1838~1917年の間に約34万人のインド、パキスタン系移民が国内に流入しました。1917年インド移民が禁止され、1928年にはイギリスの直轄植民地となりました。1953年に社会主義政党の政府が誕生すると、イギリスはこれを鎮圧し、暫定政府を発足させました。

その後も1961年に社会主義政策を推進しようとした政府が国民の反発を受け、国内の混乱を招きました。

やがて国内の鉱物資源であるボーキサイトの国有化や電気、通信、流通などのインフラも国家統制されるようになりました。1966年イギリス連邦王国の一つとして独立を果たし、社会主義国の建設を目指しましたが、黒人勢力とインドパキスタン系勢力との人種的対立が続きました。

1985年以後新自由主義を取り入れ、産業の振興や医療費の無料化などの社会政策を重視しています。

主要産業は農業で、輸出額の28%を占める砂糖の他、米、ラム酒、鉱業ではボーキサイト、金を産出しています。